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智恵子抄のすゝめ。

今日は智恵子抄を読みました。

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とても良き。

 

素敵な詩節が素朴な形でそこにある感覚。

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この「あどけない話」は、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

あと好きなのは「あなたはだんだんきれいになる」

あなたはだんだんきれいになる

をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか
年で洗はれたあなたのからだは
無辺際を飛ぶ天の金属。
見えも外聞もてんで歯のたたない
中身ばかりの清冽せいれつな生きものが
生きて動いてさつさつと意慾する。
をんながをんなを取りもどすのは
かうした世紀の修業によるのか。
あなたが黙つて立つてゐると
まことに神の造りしものだ。
時時内心おどろくほど
あなたはだんだんきれいになる。

昭和二・一

この楚々とした美しさと、同時にどこかこの世のものではないような清純性をまとう智恵子の様子が、鬼気迫ってくる。

そしてこの神々しさはやがて狂気へ―

風にのる智恵子

狂つた智恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴さつきばれの風に九十九里の浜はけむる
智恵子の浴衣ゆかたが松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり智恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が智恵子の友だち
もう人間であることをやめた智恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
智恵子飛ぶ

昭和一〇・四

 この最後の「智恵子飛ぶ」の凄み

思わず鳥肌が立つ。

智恵子飛ぶ。

この「飛ぶ」にはいろんな意味が込められているのだ。ただ自らの世界で鳥と戯れて飛び回って遊んでいるという描写ではない。この世ではないところへ飛び立とうとしている智恵子の危うさ。その常軌を逸した純粋なる智恵子の儚さ。鳥肌ものです。

同じように智恵子の狂気を描いた「千鳥と遊ぶ智恵子」「値(あ)ひがたき智恵子」もハッとさせる一節に出会えるので是非に。

そしてもう一篇。なんだか無性に切なくなって光太郎と智恵子の幸福を(それがどんなに束の間の幻であれ)願わずにはいられなくなってしまうのが以下の「山麓の二人」

山麓の二人

二つに裂けて傾く磐梯山の裏山は
険しく八月の頭上の空に目をみはり
裾野とほく靡なびいて波うち
芒すすきぼうぼうと人をうづめる
半ば狂へる妻は草を藉しいて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭どうこくする
――わたしもうぢき駄目になる
意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて
のがれる途みち無き魂との別離
その不可抗の予感
――わたしもうぢき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
わたくしは黙つて妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返つて
わたくしに縋すがる
この妻をとりもどすすべが今は世に無い
わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し
闃げきとして二人をつつむこの天地と一つになつた。

「この妻をとりもどすすべが今は世に無い」。

夫がこう呟くとき、そこにはどれほどの悲しみが、どれほどの切なさがあるのだろう。

 

もう全部ここで紹介してしまいたい。

反面、是非この詩集は紙で読んで欲しい。

 

それでもどうしても今すぐに読みたい!という方のために、全作品が読めるリンクを貼っておきます。

高村光太郎 智恵子抄

でも、どうしても今すぐ、とか、どうしてもデジタルで、とかいう人のためですからね!紙媒体で読むのがおすすめですからね!たぶん紙の色は薄いクリームなんかがぴったりなんじゃないでしょうか。

 

さて、今回は長くなってしまいましたが、佳い作品をご紹介できたので私は満足です。(自己満)

これからも素敵な作品があったら勝手におすすめ記事を書こうかなぁと思います笑

それでは本日はこの辺りで。また明日お会いできるのを楽しみにしております。